核心スレ1さん
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核心スレ1さん まとめ
-とことん左脳的に、理詰めで潜在意識を解く-
潜在意識メソッドの共通点を見ることで核心に迫るスレより



【01】 「イメージング」「アファメーション」「自己観察」「なる・既にある」「自愛」について
【02】「既にある」「強固な願望(不安)への取り組み」「瞑想」について
【03】「セドナ、ポノ」「意図する、取り下げる」「現実と幻想」「パラレルワールド」「時間の概念」について
【04】「現実を気にしない」「叶いやすい願望と叶いにくい願望」について
【05】【終】「やりたいことの定義」「他人はいない」「意図」「両極性の法則」について





2017.04.18 tag:



【核心スレ05】【終】「やりたいことの定義」「他人はいない」「意図」「両極性の法則」について
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145 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2014/03/29(土) 00:31:01 ID:PGiN1c/c0

補足します。
「やりたいこと」の定義も人それぞれですが、ここでの極論は
「未来の不安を気にしないで行う何か(特にワクワクとか気にしていません)」ですが、
もちろん極論なんて目指さなくても良いので、やっぱり明日の試験が不安で、
勉強しておきたいならしてもいいと思います。それが今やりたいことになります。

また、やりたいことが無いことにもやもやしているならば
「なんでこんなやりたいことないんだー!」とまず感情発散することが
したいことなのではないかなと思います。
それすら本気で何もやりたくないと思っているならば、
「何もやりたくないことをやりたい」でいいと思います。

「何もやらないこと」にマイナスイメージな観念があると「罪悪感」やら「焦燥感」が付いてきて、
またその感情が湧くことによって触発された観念がずっと変わらない現実を創造します。

それが悪いとかではないですが、打破したいのならばそこを考慮にいれて・・・ということです。

167 名前: 投稿日:2014/04/01(火) 21:07:22 ID:/yBF9m1Q0

補足します。
潜在意識は「信じたものを見るように現実を創造する」ので、
感情を処理したらそれに関連する観念も消せると思ったら消えます。
それは感情を消しつつ同時に観念を消すことを意図しています。

セドナではざっくり言ってしまうと
「感情の解放をすることによって人生が好転する、観念も消える!」という意図を意識下で促しているのです。
なので「感情を解放したら悪いことが起きる」と思ったらきっと起きると思います。
しかし、反対に言えば「何もしなくても今恐れている事は起きない」と意図すれば起きないというわけです。

感情を解放する本当の利点は、「嫌な感情は感じ切れば消えるんだ」という実体験を
味わえることによって嫌な感情が湧き上がることに対しての怖れが格段に減り、
(防衛が必要なくなり)、以前より自由に振舞えるというところにあると思います。
これは観念を消さなくても感情の解放だけで粗方満足感が得られる所以です。

ただ、>>10でも書きましたがクレンジングは「自分を浄化する」というストーリーがあるので、
「自分の心の中にあるものを解放していこう=自分のなかに色々ブロックや解放してない感情がある」
の公式が自然と成り立ってしまい、メソッドに意気込むと実際解放しても解放しても
「自分の中に何かある」を無意識に意図するので「解放するために生きていく人生」になってしまうのです。


191 名前: 投稿日:2014/04/04(金) 22:56:28 ID:7wex0EYQ0

補足というよりむしろ番外編です。

「他人はいない」

「現実は幻想」または「自分が創造主だ」という考えを採用すれば、
「じゃあ他人って何?自分の創造物?」という気持ちになるのは当然ですし、
そうでなければ辻褄が合いません。それゆえ「他人はいない」と言ってしまっている人もいます。

ただ>>104「現実は幻想」と同様、これは本当かどうかはわかりません。
これも、「メソッドしたら相手が別人のように変わった!」など、
実際そう思わずにはいられない現象が多数あるため、採用する価値はあると思います。

なぜ、自分が変わったら相手も変わるようなことが起きるのか。
何度も言いますが、潜在意識は信じたものを見るように現象化を創造しますので
「他人がいない」と本気で信じたならば「やっぱ他人も自分で創り出してるな」と思うような現象ばかり起きます。
シンクロニシティなんかが続くとそう思うのではないでしょうか。

例えばお寿司が食べたいなと思っていたら
「相手がお寿司たべたい」なんて言い出す・・・会社辞めた途端に知り合いから会社起こそうなんて言われる・・・
そんな引き寄せが続けば、自分の都合次第で相手が動いているように思えてきます。
そして自分が相手を創造していると確信していきます。

なので、そんな人にとっては「他人はいない」は紛れも無い事実となっていきます。
もちろん、本当に他人はいないかもしれませんが。

「他人がいない」「世の中はワンネスだな」「他人とは意識下で繋がっているな」と同様、
「やっぱ他人はいるな」も意図すれば現象化(そう感じざるを得ない現象に出くわす)します。
「信じたものをみる」この一言につきます。

どちらかと言うと「他人がいない」といっている人は
「他人がいないと仮定したらどれだけ楽か」というニュアンスを含んでいると思います。

「他人がいない」を採用するメリットは、他人の批判は自分が創り出したことになるので
全てが自分へ投げかけたい言葉となり冷静に受け止められます。
「批判される」という概念が無くなるので人に対する怖れが全般的に薄れます。

例えば「大切な人を失う」という概念も他人はいないので(自分の創造物なので)
「自分が次の幸福のために離れさせた」とすることができます。
「相手に傷つくことを言ってしまった!」としても他人はいないので、
「でもこれは結果的にいい展開の伏線になる」と決めてしまえばそうなります。

これら、もし「他人はいる」が前面に出ていたら、両者の気持ちはどうなるの?とか
なんやかんやで「うまくいく」という意図を取り下げまくることになります。

本当は「現実は幻想」という概念の中に「他人はいない」ことも包括されているのですが、
「他人がいない」を採用してからでないと「現実は幻想」と思いにくい場合もあるかもしれないので
補足してみました。

192 名前: 投稿日:2014/04/05(土) 10:23:21 ID:cKGuNlKg0

ちなみに、私はこのスレに書かれていることは全て隈なく読んでいます。
補足、または予告が無いということは前にどこかに書いてあるという意味だと捉えていただきたく思います。
さらに他の方がレスしていることが、さらに噛み砕かれていてとてもいいと思うので
「妄信的になるのではなく」、心に響いたもの、なんか気づいたと思ったこと、
やってみようと思えたものだけを取り入れるといいのではないかと思います。
(成功したと思える人だから信じるのではなくて、ただ純粋に取り入れたいと思ったことだけを。)

ある人にとってはコーヒーを毎日飲むのは健康に繋がるのが、
それを真似してある人がコーヒーを頑張って毎日飲んだら体質的に合っていなくて
病気を誘発することがあったりという感覚に似ています。
無理して何かを取り組んでいたらネガティブアラームです。

以前も言いましたが、メソッドしてもしなくても良いんです。
本来ならメソッドいらないはずだからと、メソッド辞める必要はありません。
普通の人よりも何か「おまじない」してる人の方がなんか強い力発揮しそうな気持ちもありますし。
とにかく今、気持ちが楽になれるならなんでもいいです。
もちろんなれなくても問題はありません。

193 名前: 投稿日:2014/04/06(日) 18:34:18 ID:uxW3drmg0

意図について補足します

「意図する」をセリフにすると「○○ということを現象化させたいけれど、
私自身ではどうにもならないからもう一人の私にこの注文をお任せする」

よく言われている例えを用いるならば「ネットで注文したから後は自宅待機」
(申し込んだとき、手元には無いけれどもう手に入れた感じはありますよね)です。

例えば「良い事があって有頂天になると、必ず何か悪いことが起きる」という経験を一度でもした人は、
知らず知らずのうちに良い事が起きればカッコの中のような流れを「意図して」しまいます。
おそらく一番初めの経験は小さい頃に読んだ物語(いいことがあったと思いきや悪いことがあったり)に
影響されているか、同じような経験をしてきた親に注意されたことなどと思いますが。

それを、「良い事があって有頂天になったって別にいいし、その後悪いこと起きることとは関係ない」
という人生を生きることを決意し、後はその現実造りを潜在意識にお任せするようにすれば
そういった現実を見るようになります。


194 名前: 投稿日:2014/04/06(日) 20:43:37 ID:uxW3drmg0

両極性の法則

「幸せ」の定義は万人共通のように思えますが、
ごく一般的に考えられている「悟りの境地」では全く違う意味を表します。
思考をカラッポにしている状態が「永遠の平和」と呼べる究極の幸せだとしているのです。
つまり瞑想状態の時です。(以前も書いたように五感にただ集中している状態も瞑想です。)

いわゆる悟りということを成し遂げた人にとって一般の人が感じている「あー幸せー!!」は
単なる「刺激」でしかありません。そういった幸せは過去と未来という時間、
他人や自分というものがある前提の思考でこそ成り立ちます。

例えば、給料が上がって「嬉しいー!幸せ!」というのも、
過去に少ない給料を貰っていた事実があるから感じられるものですし、
彼氏から褒められて喜ぶのも私以外の他人がいると思っているからですし、
何かを成し遂げて味わう達成感も困難なものほど強力なものですし・・・

こうやって時間軸があり、他人がいて、マイナスのものがあって「幸せー!!」は生まれるのです。

クレンジング系メソッドがなぜ「ポジティブな感情」も解放しなさいというのかというと、
ポジティブとネガティブは二つで一つだからなのです。私たちはいいことと思えることが起きると
その感情に対して「執着」を生み出し、また味わおうとします。

しかしポジティブな感情を味わうためにはネガティブが必要なので
ポジティブを味わう現実を創造することとはネガティブな感情を味わう現実を
創造することとイコールになってしまうのです。

例えば、遠距離恋愛中のカップルが一ヶ月に一度デートします。
その時はもちろん「ずっと毎日一緒に暮らしたい」と思っているでしょう。
そして念願の同棲となり、毎日一緒に暮らせることになりました。
最初は幸せですが、その幸せは上記の通り「刺激」なので同じ日々が続けば段々と薄れていきます。

しかし遠距離中の一ヶ月ぶりにデートした気分の高揚やラブラブな状態に執着していたとしたら・・・
もしあのときの感情を何回でも味わいたいと思いが強かったら
・・・恐らく潜在意識はちゃんとシチュエーションを用意してくれます。

あのときの感情を再び感じる方法は簡単で、
遠距離中と同じくらい不安や枯渇状態になればいいのです。
自分の元から離れていってしまうんじゃないのか、相手は本当に自分のことが好きなのか、
誰かに奪われたりしないのか、最近会えないな(これは同棲しているのでなかなか無いと思いますが)
・・・そんな不安を持つことで恋愛というのは燃え上がります。

よって潜在意識は恋人を、何考えているかわからないミステリアスな人に変身させたり、
相手が他の誰かを好きなのではないかと思わせるようにしてきたり、あの手この手で不安作りをします。
または、他にまたドキドキさせてくれるような人を現せたりします
(結局新しい人と同じことを繰り返すことになるでしょう。)

相手のことがわからない!なんか別の恋人の影が見える!なんか他の人が好きになってきちゃった!
というのも執着を満たそうとしている結果です。(もちろん人によって事が起きる理由は違うので
この例えに関して言えば・・・という意味で書いています。)

この例を全てのものに応用して考えると、
私たちはいかに願望が叶っていて、その途中経過(マイナスなこと)に
振り回されて意図を取り下げていることが多いかわかると思います。


両極性の法則の観点からすれば、不安も怖れも困難も全くない、
究極の平和や幸せを求めているのだとしたらそれは永遠と瞑想をしなくてはなり得ません。
時間も他人も無く。結局オポノポノも毎瞬毎瞬クリーニングと言っていますし。
しかしそんなことわざわざこの世に生まれてきたのにしたいと本当に思っているでしょうか。

もちろん認識の変更によって恐怖や不安を和らげることは出来ますが、
一切ネガティブを感じないようにするのは、同時に幸せ刺激も感じないようにしているのと一緒です。

潜在意識の「悟り」とは、自分が創造主だと理解した後、困難や不安や怖れも
「この世で色んな感情を味わうために必要なスパイスなんだ」と自ら受け入れていくことです。


願望を達成しても幸せな感情を感じ続けたかったらまた新しい問題を作り出すでしょうし、
執着しなかったらしなかったで特に「幸せー!」という気持ちではなく、
息を吸うことと同じようなレベルでそれが当たり前になっていきます。
そんな平坦な生活がずっと続きます。


Fin


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2017.04.18 tag:



【核心スレ04】「現実を気にしない」「叶いやすい願望と叶いにくい願望」について
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124 名前: 投稿日:2014/03/24(月) 18:57:20 ID:ZBkcvyHg0

勝手に湧いてきた補足です

「現実を確認しない」=「現実を直視しない」
ではありません。

すごく微妙なニュアンスなのですが、現実を確認するということは
「ちゃんと変化してるかなー」と意図に対してのチェックを入れることであり、
「目の前のものが本当は起きていない」と思い込むことではありません。
現実は幻想かもしれませんと再三言っておりますが、そうかといってその対応ですと
左脳的に分析しても抑圧に繋がる可能性が非常にあります。

例えば、体のどこかが痛いとします。そこで「なる」の「健康な自分」になったとします。
しかしまだ痛いとします。その時「もう健康になっているんだからこの痛みは本来起きていない」
とすることは俗に言う「蓋」です。

それはこの瞬間確かに存在している「痛み」とそれにまつわる
「病気かな」「ずっとこの状態が続くのかな」という不安エネルギーを直視していません。
もちろん、いちいち「はい、認めました」とやらなくてもいいのですが、
現実に左右されないために現実を無かったことにするというのは何度も言いますが、蓋です。

この場合、メソッド本来の心の持ち方は
「今痛いことは痛い。しかしそれと私の体が健康でないということとは関係ない。」
「今痛いことは痛い。しかし痛みの記憶は消去されている」
といった感じです。
きちんと現実は見ているけれども現実が動いているかの確認はしていませんし、
痛みによって「私は健康」の意図を取り下げていません。


「現実を気にしない」のとはニュアンスが違うということが伝わればいいのですが。

122: 幸せな名無しさん :2014/03/23(日) 15:19:42 ID:1TSdTFeY0

今までのスレ主さんの一連のお話何回か読み直して、よく分からなくなった部分があります。

「感情はただのエネルギー」、確かに、楽しい・嬉しい・面白い!といった感情も、
気づけば消えてしまう。私はこれらの感情を味わう時間が長いほど、
また回数が多いほど幸せなんだと思っていました。

ですが、ある種類のエネルギーを幸せとしてしまったら、
消えてしまうものを常に求め続けなくてはいけなくなる。なんか儚いと。
自分の今までの幸せの定義が、よく分からなくなってきました。

そうなると「幸せが先=現象が後」の部分。その幸せって何なのでしょうか。
今までだと叶ったときの感情を先取りして味わうでしたが、それはもはや
幸せではなくただの刺激なのではと思ってしまうのです。

123: 幸せな名無しさん :2014/03/23(日) 20:05:27 ID:6UpcvPSc0

少し便乗しちゃう。
よくあるその叶ったときの感情を前もって味わうってやつ。
例えば願いが、花粉症が治る、元気な自分だとする。

その時の感情を味わう…。
元気が一番、快適だ、楽しいな、なのかなぁ?
ってか、感情と現象ってイコールなのか?

なるとか、既にあるって、思うんだけど、感情いっさい関係ないよね?
ただ、自分はこうです以上みたいな。観念に近いのかなって。
ほら、自分は花粉症っていう記憶、観念があるから花粉症っていう。

ってことはだよ?1さんが言うように、潜在意識への信頼を高める思考(習慣)を
少しでも長く、それを拒むような感情(不安恐怖など)は力がないとほっとくか、
強ければ感じる。そのうち消えるから。

あとは観念。もう事務的だよね。
感情も思考も関係ない。私は元気、終了。
あとは目の前のことのみ、普通に生活。

現実確認してしまったら、あっ今までの習慣だって気付く。感情でたら上と同じ。

叶うイコール幸せ ではないなら、
もうただの事務作業みたな感じでいいよね?どうなんだろ…。


125 名前: 投稿日:2014/03/24(月) 19:43:54 ID:ZBkcvyHg0

>>122 >>123
とてもお気持ちはわかります。
現在感じている疑問は、「両極性の法則」についてに大きく関係しています。
クライマックス的な要素を含みますのでどうしても文章化するのが後々になってしまうのですが、
そのもやもやに対して今言えることは「察しの通り」です。

とても絶妙なタイミングでの質問です。
実は前回までは「願望実現のノウハウ」としては頂上でした。
今までは登り坂を示しましたのでここからは下り坂になります。
そしてまた一番最初の地点に戻っていきたいと思います。

「叶いやすい願望と叶いにくい願望について」

いくら潜在意識が全てをつかさどっていたとしても、
どうしても超えにくい壁、超えられない壁というものがあります。

それは「抽象的さを欠いた信念」です。
いきなり強烈な例を出せば「人間は空気を吸わずに生きられる」「人は飛べる(何も使わず)」といったものです。
人によって差がありますが、もっと身近なものですと「顔の形が変わる(自然に)」「復縁できる」が
超えにくい壁になっている人が多いと思っています。

さらに言うと、「今この瞬間かなえる類のもの」は試したことのあるほとんどの人は無理だと思っています。
もちろんこれらの願望を叶えたことがある人もいるのは事実です。

反対に抽象的な願望というのは
「自分に自信が持てる」「異性にモテる」「好きな人と幸せになる」のようなものです。
「顔の形が変わると思いますか」という質問と「自分に自信が持てると思いますか」という質問、
どちらの方が物理的に可能性が高いと思うでしょうか。

「傷が治る」を意図したとして、意図を取り下げる行為である
「現実を確認する」を絶えずしたとしても傷は治っていきます。
それくらいにメソッドとは関係なく、私たちの当たり前とされている信念
(傷は治るもの、など)の払拭は難しいのです。

復縁で考えて見ますと、「自分に冷めてしまった人と再びラブラブになる」のと
「新しい人とラブラブになる」のはどちらが可能性高いと思うでしょうか。
前者の衝撃が大きければ大きいほど後者の方が叶いやすいと思ってしまうのはごく自然なことです。
もちろん「別れこそ相手のありがたみが再度確認できる」と心底思っている人は反対に
復縁の可能性は十分考えらると思いますが。

以上のように、願望よりも信念のブロックが大きいものはどうしても難しくなってしまいます。

しかし潜在意識は全てを知っています。
なぜ復縁がしたいのか・・・もちろん現時点ではその人ではないとありえないと思っているのでしょうが、
「執着」が判断の邪魔をしているだけで本当は「大好きな人とラブラブに過ごす」ことだったり、
その元彼が自分のステータスだったら「自分自身に自信を持つ」ことだったりします。

そういった目先の願望は、もう一つ踏み込んだ奥底の願望が叶えば関心が薄れますから
潜在意識はそこに焦点を当てます。もともとあった願望が薄れていくことは果たして
「願望が叶わなかった」状態でしょうか。

潜在意識は叶え方もベストなものを運んでくれます。
仮に「顔の形が変わる」を意図したとしても、「顔が自然に変わる」という事例を引き寄せて、
叶えやすいレベルに持っていくかも知れませんし、顔とは全く関係なく他のことで
自分に自信が持てる機会が与えられるかもしれませんし(結果的に顔への関心が薄まる)、
自然と自分の気持ちが「この顔でも全然いい!(好きな人から『その顔が好き』と言われたりして)」
と思えるように変化するかもしれませんし・・・

潜在意識は必ず解決の道、満足の道へは誘ってくれているのです。


例えば、仕事がしたくないので「今この瞬間」にお金持ちになることを意図した人がいたとします。
この場合、「お金は湧いて出てくるものではない」という強力な信念がありますので
お金の入手ルートは稼ぐか宝くじを当てるかまたは誰かがくれるか印税か・・・
人に差はあれど、こちらの方が本人にとって信念の妥当性は高くなります。

さらに潜在意識は奥底の願望(今回は「仕事が好きになる」だったとします)を知っていますので
転職の誘いが来たり、仕事に対しての見方が変わるような本に出会ったりと、
そこを焦点に現実を動かしていきます。

結局この人は仕事がしたくない訳ではなく、今の仕事が嫌いだっただけとわかります。
こういった自分の心と深く対面しないと気づかない願望に気づかせてくれるのも潜在意識の働きです。

それが焦点を「お金が今この瞬間現れること」に固執していると、
どうしても現実確認をしたところでお金が出る気配がなく、
「潜在意識なんてやっぱ信じられない」という新しい観念を生み出してしまうのです。

136 名前: 投稿日:2014/03/27(木) 11:09:10 ID:cXJOPaeQ0

メソッドの登り坂の説明(前々回の時間の概念」まで)では最終的に量子力学を踏まえて、
ある願望があったときのメソッドの有効な方法(実際出来るできない関係なく)を書いてきました。

ずっと理論的に話していると見落としがちなんですが、本来は何も考えず
「全部完璧!本来何をしたって良いんだよ!自分が創造主で全部思い通りだから!」
という羨ましき感覚でいられることが一番だと思います。

ここでは敢えていろいろ分析していますが、
目的は感覚的な人と照らし合わせてみて、「何故全てOKといえるのか」の裏づけにすることです。
なので今まで私が色々話していたことは本来、感覚的な人にとっては

「何したってOK!だって絶対うまくいくんだもん!」

の一言で説明つきます。
何をしたって、というのは嫌な感情に支配されようが、自暴自棄になろうが、
行動しようがしまいが、究極的に言えば「蓋」をしようが、なんでもOKなのです。メソッドもいりません。

しかし、やりやすくて無理しない程度のメソッドならば特に究極的を目指さなくても
それと共にあればいいのではと思いますし、「蓋」に関してもなんでも上手くいくなら
逆に感じ切ってしまったり、目の前のこと素直に認めてしまった方が楽です。

涼しくする手段があるならば(絶対上手くいくならば)、明らか気候が暑いのに
「暑くない」と思い込んでそこに心理的ストレス抱えるより、
「暑いねーじゃあクーラーつけようか」(次の瞬間涼しさを選択する)でいいと思います。
「暑いと感じたら次も暑い現象が起きる」と思い込んでいるのだったら、
それはいかに自作自演かということがわかります。あくまでこれは極論ですが。

つまり、「次の瞬間は自分が決定している」のです。
それが俗に言う「選択しなさい」ってやつです。

そこで、「選択」というと「毎瞬毎瞬、理想の自分を選択したことを意識するのか」となりますが、
それをやることで疲れることなく今満たされるならばいいと思います。
ただ大抵の人は「今の自分が不満足だから」それをすると思います。

「今のことに集中」「何もやらなくていい」というとなんだか
動かず雑念なしの修行みたいなイメージになりますが、
「今やりたいことをやる」というのを詰まるところ言いたいのです。
「未来の不安、過去の自分の否定からくることを何もやらなくていい」ということです。


すると、メソッドをやりたいという人は必然と
「そのメソッドが好きだから、気持ち良いから、自信がみなぎるから」というメリット以外で
する意味が見つけ出せません。それ以外の理由でやるメソッドは義務であり、
「未来か過去を意識しているからやっている」ということになります。
つまり、そのメソッドをやる瞬間「問題を抱えている自分」を選択しているということになるのです。

「自分が何をしたって上手くいく」と本気で思えるか。
そこが潜在意識を知った人に課せられた唯一の課題ではないでしょうか。

(←この表現は自分を縛ってしまいそうですが、もちろん「本気で思えなかった」ということすら
OKってことになります。「自愛」が人気且つ強力なのがわかる気がします。)

次の瞬間を自分が決める。上手くいく過程だったと決める。
するとそれは本当にそうなりますよという話です。

>>122さんの質問のように「幸せ」という概念を含めるとまた違った話になるので、
それをこの後「下り坂」として書いていこうと思います。

一応おさらいしてみましたが、「じゃああれはどうなのか、この場合は違うんじゃないのか」
というものがあったとして、それが「何をやっても上手くいく」の感覚的な原点に振り返っても
説明付かないようならば残念ながら私の分析キャパオーバーとなります。



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2017.04.05 tag:



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