自分が見ている世界は、自分の視点や設定でどうにでもなる 「他者視点の自分」
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893 :幸せな名無しさん:2010/12/09(木) 15:49:23 ID:dhBaMVBMO

ふと気付いたことがあったので書き込みます。
長くなりますが、この話が少しでもお役に立てたら嬉しいです。

私はいつも友人と互いに日常の愚痴吐きや相談をしていました。
その際、友人も私も「これがこうだからこうなってもう嫌だ。どうしよう 」というように話すのですが、
失礼ながら、聞いている側は「何言ってるんだろう。何も困ったことはないと思う…。考え方の違いかな」
となっていたのです。そうなる話には大体、過去から掘り起こされた「何か」が付随していました。

そして私自身もまた、同じく「過去にこういうことがあったんだ!だからこうしたい!
と話しては、友人を困らせてしまっていました。

それが最近477さんの書き込みを読ませて戴いて、手放しを続けている中、
「あの時あの人があんなこと言わなければ… …ん?」となりまして、
一瞬「何が重要か分からない友人の愚痴」とダブったのです。

ならば自分も友人からは同じように訳の分からない愚痴を言っているだろう。
と「他者視点の自分対自分」で話をしてみたのです。

すると、既に過ぎ去ったものや事柄、言葉を今も反復してグダグダしている…
まるで「いつまでも生ゴミの袋をたくさん抱えて歩いている自分」がいることに気づきました。

そして、その生ゴミを一つ一つ出して、自分にこう尋ねて行きました。

「これはもう一生使えないけど持って行くか」
「これは重いだけだけどどうする」
「例えばゲームでレベル50でレベル1の武器を使いますか」


願望に欲望がくっついていたので、それも洗い出しました。
「この人を見返すためにこれを達成するとして、この罵詈雑言を吐いた人は今自分のことを
同じように考えているか。ましてや同じ町に今もいるかどうか、覚えてるか…」

その瞬間「分からない」という答えが出たのです。

それから、動機が欲望以外の願望のみを残し、
「一生自分以外には見えないこの生ゴミは必要かどうか」を問うと、
「いらない」という結論になり、一気に手を放しました。

すると、心がとても軽くなり、
「自分が見ている世界は自分だけが見えている
(言い方は妙ですが、自分の視点や設定でどうにでもなるような)」と感じました。


説明が分かりにくいもしくは「既出だ」と思われるかもしれませんが、
他者視点の自分を一時的に作って自分を見ると、何か分かるかもしれません。

894 :幸せな名無しさん:2010/12/09(木) 17:09:13 ID:bahmBA8M0

>>893
私も今朝から似たようなことを考えていましたw

やはり友達がよく愚痴をいうのです。
いかに自分が大変な立場で、今どんな問題をかかえているかと。

でも私からみたら、全然問題でもなんでもなくて必要なものは充分そろっているし、むしろ恵まれてないか?
(そんな風にストレートにいうことはなくで、やんわりとつきあうことがほとんどでしたけど)

それこそ、わざと不足をつくりだしてもてあそんでいる。
「私は大変だ」ゲームをしているかのごとくです。


そして気付いたのです。私も同じであると!

私もいつのまにか、記憶に基づく不足をしょいこんで、あーでもないこーでもないと
ゴミと戯れていたんですよねw

その途端笑い転げてしまいました。

自分がみている世界は鏡です。

そして、すべてはひとつなんですよ。自分の分身です。
同じ根っこから生えてるんです。

わかっちゃいたんですが、なかなか実感できませんでした。
そのことを意識してすごしていると、会う人会う人がきらきらした笑顔を見せてくれます。



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