891:ななしのいるせいかつ:2007/10/11(木)00:34:32
諦めたころに叶う、と言う話をたまに見かけるけど、あれってどうなんだろう。
余計な力が抜けて自然に意識するようになったから効果が出た、ということなのかな。
自分の場合、絶版になった本を古本屋を何軒も回って探していた時に
もう諦めたというか忘れたころに、ふと思い出して探したら見つけたということがある。
ネットで見た例でも、何件も店を回って諦めたころに見つけた、と言う話をみたことあるけど、
本当に諦めていたら店に行くこと自体しなくなる気もするから、潜在意識が働いていたんだろうか。
912:ななしのいるせいかつ:2007/10/14(日)13:21:26
>>891
潜在意識は万能である。
潜在意識は全てを覚えている。忘れない。
顕在意識が邪魔をしがちである。
と言うことから組み立てると、
願望を立てた=潜在意識は願望を覚えた。
その後あきらめた=その後忘れた=顕在意識の妨害がやんだ。
よって、潜在意識だけがシコシコ動いてくれる状態になった。
よって、願いがかなった。
ということだろう。潜在意識が願望を叶えるプロセスは不可知だから、
そこんとこを考える必要は無いということだろう。
941:ななしのいるせいかつ:2007/10/17(水)01:06:56
>>912
面白いな。俺も一番大事な願望以外はもう大概叶ってるんで参考になる。
顕在意識の妨害か・・・結局のとこ強く願い続けるってのはあんま良くないのか。
「信じ続ければ叶う」との兼ね合いが面倒なんだが、そしたら
やっぱそろそろ「諦めた」ことにして、別のことに集中してみようかな。
結局なんでも望むようにいかせるにはシンムケイゲがいいということかw
942:ななしのいるせいかつ:2007/10/17(水)02:53:20
リラックスしていてそして意識を集中させる。
言うのは簡単だが両方やるのは実に難しい。
効果が出ないのもこのあたりかと思う。
946:ななしのいるせいかつ:2007/10/17(水)17:05:25
>>941
これの関連なんだが、毎日熱心にイメージングしてることはなかなか叶わなくて、
ちょっと漠然と「こうなったらいいのに」程度に思ったことはよく叶う。
後者のほうが効果的なら、毎日のイメージングも適当にやめたほうがいいのか?
イメージングが悪いとかじゃなくて、そう熱心に毎日やってると、どうしても年中頭から離れないし。
950:ななしのいるせいかつ:2007/10/18(木)00:51:39
>>941
リアリティー・トランサーフィンという本だと願望が叶わない理由は過剰ポテンシャル
という概念で説明されています(またはスライド)。
詳細は本を読むかオカルト板のリアリティートランサーフィンのスレへどうぞ。
尚、この本は色々な願望実現方法をまとめて科学的っぽい概念を使って説明したものですが、
科学ではありません。やはりオカルトです。しかし理詰めで概念化して考えた方が
やり易いという人には向いていると思います。
952:ななしのいるせいかつ:2007/10/18(木)02:20:28
>>950
これも面白いな。本は読んでないが、スレだけでもけっこう面白い。
結局のとこ執着を捨てろってことなんだろうが、このスレの奴も書いてたけど
やっぱメ一杯望んでる状態で叶うのが一番嬉しいだろうにな。
じつは俺も以前、完全に諦めてサッパリ興味なくしてから叶って全然うれしくなかった経験があるんでw
今回それは避けたいとは思ってるんだが
でも考えてみると、執着しまくった状態でまさにその願望が叶ったとすると
なんか浮き足立って、その後の対応がまずくなりそうな感じは想像できる。
いろんな意味で落ち着いてたほうがいいのかもな。
でもそうすると、やっぱマーフィー本の書き方はいろいろ誤解の元だよなあ。
953:ななしのいるせいかつ:2007/10/18(木)03:22:15
執着を捨てることともう一つ大切なことがある。
自分がそれを受け取るのにふさわしい人間であると思えというやつだ。
これは普通の買い物などをしている時には感じないと思うが、現在の自分の収入ではとても買えない
高価で高級なものを売っている店に行くと実感できると思う。
まず、店に入り辛い。
入ったとして、店員が声を掛けてくるとビクビクしてしまう。
置いてあるものは全て高級品で、自分が持つにはふさわしくないと感じてしまう。
なぜか?
それは自分で自分をそういう小さい者だと信じ込んで、自分で自分の限界を設定しているためだ。
そのために殿様にひれ伏す家来のような状態になってしまう。そのままでは殿様になれない。
だから自分はあらゆるものを受け取る資格のある偉大な人間だ
という思い込みは持っていた方がいい。
954:ななしのいるせいかつ:2007/10/18(木)04:23:41
>>953読んで思い出したのは、昔明らかにどうにもならない(と思い込んでた)頃、
モデルルーム冷やかしで見にいったら「何しにきやがった」という目で、中にいる間中
じろじろ見られたことがある。
「ああこいつは客商売なめきった売れない営業だな」と思ったのはまた別な話として、
やっぱ分不相応だと自分で思ってると、そういう場で妙に落ち着かない自分を感じた。
それで最近割と具体的に検討し出してからモデルルーム行ったらそういう感覚が一切なく
あれこれ質問しながら実際その部屋に住んでる自分を想像できた。
いずれ好条件の物件を手に出来ると思う。
買えない物見にいく時は
「今日は買わないが(買えないがではなく)いずれ手に入れる時のために知っておくために来た」
と思いたいですな。
そうすればあの頃も堂々と見れたかもしれない。
諦めたころに叶う、と言う話をたまに見かけるけど、あれってどうなんだろう。
余計な力が抜けて自然に意識するようになったから効果が出た、ということなのかな。
自分の場合、絶版になった本を古本屋を何軒も回って探していた時に
もう諦めたというか忘れたころに、ふと思い出して探したら見つけたということがある。
ネットで見た例でも、何件も店を回って諦めたころに見つけた、と言う話をみたことあるけど、
本当に諦めていたら店に行くこと自体しなくなる気もするから、潜在意識が働いていたんだろうか。
912:ななしのいるせいかつ:2007/10/14(日)13:21:26
>>891
潜在意識は万能である。
潜在意識は全てを覚えている。忘れない。
顕在意識が邪魔をしがちである。
と言うことから組み立てると、
願望を立てた=潜在意識は願望を覚えた。
その後あきらめた=その後忘れた=顕在意識の妨害がやんだ。
よって、潜在意識だけがシコシコ動いてくれる状態になった。
よって、願いがかなった。
ということだろう。潜在意識が願望を叶えるプロセスは不可知だから、
そこんとこを考える必要は無いということだろう。
941:ななしのいるせいかつ:2007/10/17(水)01:06:56
>>912
面白いな。俺も一番大事な願望以外はもう大概叶ってるんで参考になる。
顕在意識の妨害か・・・結局のとこ強く願い続けるってのはあんま良くないのか。
「信じ続ければ叶う」との兼ね合いが面倒なんだが、そしたら
やっぱそろそろ「諦めた」ことにして、別のことに集中してみようかな。
結局なんでも望むようにいかせるにはシンムケイゲがいいということかw
942:ななしのいるせいかつ:2007/10/17(水)02:53:20
リラックスしていてそして意識を集中させる。
言うのは簡単だが両方やるのは実に難しい。
効果が出ないのもこのあたりかと思う。
946:ななしのいるせいかつ:2007/10/17(水)17:05:25
>>941
これの関連なんだが、毎日熱心にイメージングしてることはなかなか叶わなくて、
ちょっと漠然と「こうなったらいいのに」程度に思ったことはよく叶う。
後者のほうが効果的なら、毎日のイメージングも適当にやめたほうがいいのか?
イメージングが悪いとかじゃなくて、そう熱心に毎日やってると、どうしても年中頭から離れないし。
950:ななしのいるせいかつ:2007/10/18(木)00:51:39
>>941
リアリティー・トランサーフィンという本だと願望が叶わない理由は過剰ポテンシャル
という概念で説明されています(またはスライド)。
詳細は本を読むかオカルト板のリアリティートランサーフィンのスレへどうぞ。
尚、この本は色々な願望実現方法をまとめて科学的っぽい概念を使って説明したものですが、
科学ではありません。やはりオカルトです。しかし理詰めで概念化して考えた方が
やり易いという人には向いていると思います。
952:ななしのいるせいかつ:2007/10/18(木)02:20:28
>>950
これも面白いな。本は読んでないが、スレだけでもけっこう面白い。
結局のとこ執着を捨てろってことなんだろうが、このスレの奴も書いてたけど
やっぱメ一杯望んでる状態で叶うのが一番嬉しいだろうにな。
じつは俺も以前、完全に諦めてサッパリ興味なくしてから叶って全然うれしくなかった経験があるんでw
今回それは避けたいとは思ってるんだが
でも考えてみると、執着しまくった状態でまさにその願望が叶ったとすると
なんか浮き足立って、その後の対応がまずくなりそうな感じは想像できる。
いろんな意味で落ち着いてたほうがいいのかもな。
でもそうすると、やっぱマーフィー本の書き方はいろいろ誤解の元だよなあ。
953:ななしのいるせいかつ:2007/10/18(木)03:22:15
執着を捨てることともう一つ大切なことがある。
自分がそれを受け取るのにふさわしい人間であると思えというやつだ。
これは普通の買い物などをしている時には感じないと思うが、現在の自分の収入ではとても買えない
高価で高級なものを売っている店に行くと実感できると思う。
まず、店に入り辛い。
入ったとして、店員が声を掛けてくるとビクビクしてしまう。
置いてあるものは全て高級品で、自分が持つにはふさわしくないと感じてしまう。
なぜか?
それは自分で自分をそういう小さい者だと信じ込んで、自分で自分の限界を設定しているためだ。
そのために殿様にひれ伏す家来のような状態になってしまう。そのままでは殿様になれない。
だから自分はあらゆるものを受け取る資格のある偉大な人間だ
という思い込みは持っていた方がいい。
954:ななしのいるせいかつ:2007/10/18(木)04:23:41
>>953読んで思い出したのは、昔明らかにどうにもならない(と思い込んでた)頃、
モデルルーム冷やかしで見にいったら「何しにきやがった」という目で、中にいる間中
じろじろ見られたことがある。
「ああこいつは客商売なめきった売れない営業だな」と思ったのはまた別な話として、
やっぱ分不相応だと自分で思ってると、そういう場で妙に落ち着かない自分を感じた。
それで最近割と具体的に検討し出してからモデルルーム行ったらそういう感覚が一切なく
あれこれ質問しながら実際その部屋に住んでる自分を想像できた。
いずれ好条件の物件を手に出来ると思う。
買えない物見にいく時は
「今日は買わないが(買えないがではなく)いずれ手に入れる時のために知っておくために来た」
と思いたいですな。
そうすればあの頃も堂々と見れたかもしれない。
2010.12.15