【719式11】完璧認定は、この世界の中のもの全てに最上級の価値を与えることができる
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650 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2015/10/11(日) 17:40:57 ID:Wj5tRzu60

「現実には力がない。なぜならそれはただの映像で残りかすだから。」
少しずつ意識をシフトしているけど、時になかなかてごわい。
五感を伴う映像だからかな。


652 名前:719 投稿日:2015/10/11(日) 18:16:56 ID:LTWDA4XE0

「ある」の世界が体感できない。
と思っている方多いのかな?なんて思いました。
現実には「ない」ばかりだと思いますよね。

ただ、「ない」世界では「ない」さえ存在できません。
「ない」世界が存在できているのは、皆さんの世界は「ある」が基本だからです。
つまり「ある」世界だから、「ない」が存在できるんです。

だから「ない」を叶えてるんだよ。「ない」を選択してるんだよ。
というアドバイスが出てくるんです。

なので本当に「自分が望んでいないものを選択してた、なっていた」と気づくだけでいいんです。
「ある」世界が初期設定だから、気づいただけで修正されるし
様々な感情はただの反応であり、「ある」世界での感情なのだから淡々と感じればいい。
その都度、感情の恩恵を感じてください。
そして何をしてもいいし、しなくてもいいです。

ただそれでは苦しい時があったり、「ある」がわからない、という対策として
様々な方々がメソッドなどを教えてくれているんだと思います。

「ある」が初期設定だと認識を変更するのは、最初だけコツが要りますよね。
今まで「ない」から欲しいし、「ない」から叶えたいし手に入れたい、と考えてきたんですから。
また「ない」と「体験したい」というのがとても似ているというか密接に繋がってると思いがちですが
本当はそれがあなたの世界に「ある」から「体験したい」と言うのが正しい。

このように今までの考え方をひっくり返す助け、きっかけとして
「感情を感じる」とか「今にいる」とか「自愛」などをお勧めしました。
だから、本当は、とてもシンプルな話なのです。

話は少しそれるのですが、私の大好きな話を少し書きます。
私が「なる」を体感する過程で励みになったものです。

科学は詳しくないのですが、偶然「分子共鳴」というものを知りました。
この世のものは全て分子、さらに原子でできています。
つまり粉のようなものであり、空気のようなものであり、エネルギーの波ということです。

さて、ここでは分子の話ですが
分子とは同じ性質を持つものとは、どんなに離れていようが共鳴するというものらしいのです。
一度交われば、お互いの分子を共有し、離れても共鳴し合うという事。
それはつまり、自分の世界にあるモノは、何かしら自分の分子と共有し合い、共鳴している。

それは同じ空気を吸った友人やすれ違った人
毎日のように触るお金
植物や動物

それらが私の分子を巡り巡らし、もしかしたら地球の裏側の人届け、共有してるかもしれない。

自分のしたい事を選択することで、ある種のエネルギーを出し
それは、同じ性質の分子を共鳴させる事ができる。
共鳴するという事は、自分の望む方へ変化が起きていること
だと思うのです。
潜在意識の力にわくわくする話だな、といつも思い、思い出してました。

まぁこの考え方は、「分子共鳴」を都合良く私が解釈してるのかもしれません。
でも私の顕在意識は、何度も励まされました。
詳しく正確に知りたい方は「分子共鳴」で検索してください。

そんな事実もあるんだなと、誰かの助けになれば幸いです。
長々失礼しました。

653 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2015/10/11(日) 18:32:54 ID:H6n3JaxA0

「なる」に限ったことじゃないけど、結局は現象化してようやく一息、なんだよね
あるという世の仕組みも、内側が先で外側が後って理屈もわかるんだけど

短期間なら自分を維持できても、長期間になると現象化しないとへこたれてしまう
人によって差があるのもわかるけれど、数日や早ければ即日で結果出る人もいれば、何年も停滞する人もいる
こうなってくると、自分は間違っているのかも、と堂々巡りになる
メソッドは自分を良い位置で維持できるものでもあるけど、やはり現象化はしてほしいもの

そうなってくると、>>652のような理屈ってすごくありがたいんだよね
可能性を感じさせてくれる理論とかあると、顕在意識が納得するからw
上手く行かない人はこの辺を理詰めで攻めて、顕在意識を説得するのもありかもよ


675 名前:719 投稿日:2015/10/12(月) 18:28:06 ID:5xbiOwg.0

>>653
私も顕在意識を納得させるために、たくさんのジャンルの本を読みました。
潜在意識への取り組みだけじゃなくて、顕在意識へのケアーとでも言うのか、
顕在意識も喜ぶようなこと時々してやるのが、モチベーションが下がらずにいられるコツかもしれませんね。

それでも、他人の体験談を拠り所にしすぎるとバランスを崩すので注意は必要ですが。
そうではなく大きな括り(つまり科学とか物理とか医学的にとか)で、支えになるような言葉があれば、
取り入れていくのも1つの手ですよね。
あなたの願いが現象化する事を私も祈っています。

676 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2015/10/12(月) 18:28:28 ID:SCNItb2Y0

60万円の詐欺にあいました・・・・・・・・・・
まさかこんなことになるなんて。
心を整えてたのに意味がわからないです。
しかも大好きなディズニーで被害に遇いました。
ディズニーで最悪な思い出が作られてしまいました・・・・・・
死にたい


684 名前:719 投稿日:2015/10/12(月) 21:14:00 ID:5xbiOwg.0

>>676
完璧認定も苦しかったらしなくていいですよ。
しかし、完璧認定をしないなら
顕在意識的に悪いと思たときだけ、潜在意識に繋げるのもしない方がいいとお思います。
多分、自我が、「潜在意識なんて眉唾ものだ」というのを欲したのかな?とは思いますが。
それでも「なる」や「潜在意識」に繋げたいなら

あなたは、60万円というお金をつくったこと
ディズニーランドをつくったこと
一緒にいく人をつくったこと
警察をつくったこと
死なせる事のできる、命をつくったこと
そのための両親をつくったこと

ありとあらゆるものを創っている事実もしっかりと見る事です。
そしてこれらに、良い悪いはない、というか判断できないということも。

今あるモノに満たされ感謝しろ、という事じゃないですよ。

あなたは、いろんなものをつくり出せるという事です。

685 名前:幸せな名無しさん 投稿日:2015/10/12(月) 21:21:18 ID:4sR5qCRY0

719さんのレス何度も読んでますが難しいです。
二元論は「ない」が存在してるのは今見て分かりますが、
「ある」が存在することがまだ体感出来ないです。

質問なのですが、完璧認定と感情を感じきるはどう使い分けてましたか?

私の場合は完璧認定→
エゴが騒いで苦しくなる→
それを感じきる→完璧認定→
エゴが騒いで苦しくなる→それを感じきる

とやってますが、どうもループしてるようで
上手く行っていないと感じるのですがやり方が間違ってるんでしょうか?


688 名前:719 投稿日:2015/10/12(月) 23:24:18 ID:5xbiOwg.0

>>685
>719さんのレス何度も読んでますが難しいです。
>二元論は「ない」が存在してるのは今見て分かりますが、
>「ある」が存在することがまだ体感出来ないです。

>>652のレスに書いたので、参考にしてもらえると嬉しいです。

現実に「ない」が存在するという事は、「ある」が私たちの世界の基本だからです。
つまり「ない」が初期設定の世界なら、「ない」さえも存在できない。ということです。
だから「叶ってない私に気づけばそれだけでいい」ということなんです。

大本、この世界の基本、初期設定が「ある」だからこそ、「ない」が存在してしまう。
そのとき「「ない」にいた」と気づことで、選択や立ち位置の確認をしてると言えます。
これは顕在意識でも日常で自然にしている事だと思います。

AじゃなくてBにいた。
そのままBへ行くか?Aへ行くか?というふうに。

「ある」世界だから、「ない」がある。
しかし事の起こりは「ある」世界からなので、「ない」があったとしても、
それは「ある」世界がつくり出したもの、ということです。

ただ、私たちは「ある」を知覚したい(実感して手に取って体験したい)から「ない」世界にいたとか、
「ない」を叶えてたとかに、最初のうちは意識して気づいていく必要があると思います。
上記で書いたように、気づくという事が、選択や位置の確認に繋がるからです。

そして「ある」世界をつくるために、「ない」がないと成り立たないので
「ない」は厄介ですが、必要なものであり、怖れるものではないです。
私たちに「選択する」という機会を分からせてくれるもの。
ぐらいの感覚でいるのがいいかなと思います。

689 名前:719 投稿日:2015/10/12(月) 23:26:37 ID:5xbiOwg.0

>>688続き
>質問なのですが完璧認定と感情を感じきるはどう使い分けてましたか?

「感情を感じる」は、私にとっていろんな意味合いがあるのですが、
まず1つめに「自分の蓋を外すこと」です。掃除みたいなものかな?
いい感情も悪い感情も、自分の中にためたくないんです。心を軽くしておきたいんです。
皆さん悪い感情だけに注目しますが、私はいい感情も同列なので、それも手放します。
そのとき、「感情を感じる」をします。

2つめに「自分を知る手がかり」としています。
1つめをしていたら、ある状況があって「感情を手放したい」と思った訳です。
この状況は私は嫌いなんだ、とかエゴがこれに騒いでるんだ、不安だとか
またこの状況なら好きだし、エゴは落ち着いてるんだ、安心だとか

そうすると「好きだな、安心だな」と思う事を、長く続けたくなるし、
欲してるモノが分かってくる、もしくは願いの輪郭がはっきりしてくる。
(こうなると思考と感情は混ざるのでブレインダンプしても面白いですよ。)
自分が何を感じて、思考しているのかよくわかります。

あるとき、何もない状況で穏やかに安心感を感じているとき
その安心感が、愛を感じていることなんだなーと気づいた時がありました。
何もないのに、私は自分の中に愛を感じるんだなと感じ気づきました。

そうゆう意味合いでも3つめの「自愛にもなる」ということです。
もちろん、私にとって、自分が感じている事思っている事を、しっかりと理解する
つまり自分軸を強固にする事、が自愛になるという事が分かったので
「感情を感じる」ことで自分を理解できて、という意味での自愛も入っています。

また余談として
誰かを「好きだな、愛してるな」と感じる、この感じることと
誰かに愛を届けるというメソッドの「好きだな」という時の気持ちを感じること
自分に愛することでの「自愛」での愛を感じること
気持ちをいうか感じる上では、まったく差が無いというか、感じるという行為に置いては同じでした。

愛は誰に向けようが、愛を感じる事は自分にも向かってるので
各達人がお勧めしてるのも分かります。愛をめいいっぱい送れと。

4つめ「今にいることができる」です。
これは以前のレスに(>>683など)書いたので省きます。

5つめ「自分の立ち位置の確認」
自分が今「ある」世界にいるのか?「ない」世界にいるのか?確認できます。

6つめ「感情を感じることは自分を大切にすること」だとも思っています。
私の世界で、私が世界一大切です。
私が死ねば、私の世界は無くなりますから、当然なんです。
これは他人に対して大柄になれ、ということではないです。
自分の世界、自分を大切にするという事は、自分で責任を取るという事ですから。

ではどうゆうことか?ですが
他人に対して思った事も全て肯定することです。
感情は何を思ってもいいはずなのに、これを考えてはダメとか、ひどい人間だとか
大切な自分が感じた事より、外への気遣いで押さえてしまう事があります。

どんな感情も素直に感じてあげる事は、その感情を大切にしてるという事です。
それはその感情が生まれた自分をも大切にしてる事に繋がります。


自分を大切にするとは、人を邪険に扱う事ではなく
こうゆう些細な事に素直になり、他人と調和するという事であると思います。

長くなりましたが、こんな感じです。
最初は「今にいよう」や「感情に呑まれない対策」として感情を感じてましたが
いつの間にやら、感情を感じる事により、いろんなおまけがついてきました。
色々と細かく書きましたが、当てはめて使ってみてください。

690 名前:719 投稿日:2015/10/12(月) 23:27:30 ID:5xbiOwg.0

>>689続き
完璧認定ですが、すごく簡単に使ってます。
「ある」この世界の価値を下げたくないので、完璧としてしまえば最上級の価値を与えられますもんね。
つまり「ある」世界の中のもの全てに価値を与えるという事です。

なので、自分を納得させるために「完璧」とする、というより
価値を与えてしまうという事ですかね。
もしくは面倒なとき「完璧」とすれば、それはもうそれで終わり、という事で使います。

ですから、「完璧」としたら私の場合「完結」なので、ループになりません。

そしてループになったとしても、この「ループになること」それ自体が完璧なんです。

「完璧」なんだからそれ以上手を加える事はないし、考える必要もない。
進んでやり続ければいい、このぐらいの気持ちでやっています。

「完璧」という言葉が堅いので、あなたの中で言葉への連想があるかもしれないですが
それすら取っ払って、柔軟に使ってください。
「完璧」としてもループになるのが完璧なんです。

なので、私の中で「完璧」とは
柔軟に何にでも付けます。こうあるべきという枠はありません。

ただ、願望が全く叶わないこの世界、願望が全部叶ったこの世界、
どちらにも「完璧だ」という価値、定義、認識を惜しみなく付けます。
「完璧」なんだから、それでいいんです。
私の小さな思考なのだぐちゃぐちゃ入れない程、「完璧」とは強固で完結されてます。

また、完璧したものへ色々とエゴが騒ぐならば、エゴが騒いだ事で「完璧になった」ということです。
エゴが騒ぐまで完璧じゃなかったのかもしれません。
完璧によって与えられた価値は強固ですが、完璧はすごく柔軟なものです。
だから完璧とは一種自愛かな?と思ていたりします。



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