【自我幻マン07】 「自分」という制限がなくなれば「自分」にとって一番都合の良い世界を認識し始める
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256 :幸せな名無しさん:2014/08/07(木) 22:58:47 ID:QxhaGLKw0

この間、瞑想状態にあった時にちょっと脳裏に見たものがあって

自分は鳥の雛になっていて、無心に殻を割ってたんだ
これは人間だから何をしてるかはわかった

ただし雛としての自分は、「殻を破ってる」とか思ってないし、わかってない
ただもう一心不乱に首を振って羽根を広げて(力が入るとそうなるので)
何が起こってるかは全くわからないのに、
無心にくちばしを動かし(しかしくちばしだともわかってないんだけど)
「何か当たるもの」を叩いていた
破ろうとしていた
叩いて破るというよりは、当たる感覚を何度も感じていたみたいな

理屈をつければ、それは「何かから出て行こうとしてる動き」なのだけど、
雛は別に「出て行こう」という意図があってそうしてるわけじゃない

だから何がどうなってるとか
自分が何をしてるとか
何を求めてるとか
そんなもん全然わからないけど、無心にそうしていたってだけ
そうすると、生命は起きることを起こさせるツールみたいにも見える

そうなっているのは理由とかなくてただ当たり前
そうなるようになっているから、そうなる
決まりきっていること

自我幻マンさんのおっしゃることも
たぶんそういうことなのかなあと思います


262 :自我幻マン:2014/08/08(金) 00:08:11 ID:uozNqiS.0

>>256
面白い体験ですね。
ただ起きるのが当たり前だからこそ、起きるだけ。


そこに意味や価値を求める性質があるから悩み、迷う。
でも、それが無ければその当たり前に気づく事もない。
人間って、生きるって、とにかく面白いですね。

257 :幸せな名無しさん:2014/08/07(木) 23:04:56 ID:DvvPtiPM0

>>248
①借金なくしたいな。大金ほしいな。という願いをもつ。
②自分は幻であると気付く(認識する)。
③であれば現状のお金のない苦しみ、お金ほしい渇望など思考感情認識も当然に幻であると気づく。
④幻なんだから苦しみや渇望を抱く必要はない。
⑤苦しみや渇望を抱いたり認識しなければ、それらの原因もなくなる。
⑥そうなると願望が実現したり、幸せを裏付けるような出来事が起きたりという形で結果が現れる。
という流れでしょうか。

>全部幻じゃん→制限も原因も方法も幻じゃん→あれっ、叶ってる!
>こんな感じ。
>叶っていないものをわざわざ、認識する事が無くなるんで、自動で叶う。
>というか、叶っていないと認識している自分が居なくなった結果が出ます。

つまりは「(叶って)ない」と認識している自分は幻だと気付く。
すると認識ありきの世界からは消えるということですよね。
ただそうすると願いを認識している自分もやはり幻になってしまうと思うのですが、
結果として願いも認識ありきの世界からは消えてしまうのではないでしょうか。

そうだとすると上の
>全部幻じゃん→制限も原因も方法も幻じゃん→あれっ、叶ってる!

の、「あれっ、叶ってる!」の部分が謎です。
なぜ願いだけは同じ幻なのになくならずに自動的に叶うのでしょうか。
幻なんだから何でもアリだ。なんでも自分で選べるし決められる。
だから願いは叶った(既にある)と認識したうえで、あと(のネガティブ?)はすべて幻としているのでしょうか?

ほんとに理解力に乏しくて申し訳ありません。。
ご回答いただけると嬉しいです。


262 :自我幻マン:2014/08/08(金) 00:08:11 ID:uozNqiS.0

>>257
結果を並べていくと、流れはそんな感じです。

>ただそうすると願いを認識している自分もやはり幻になってしまうと思うのですが、
>結果として願いも認識ありきの世界からは消えてしまうのではないでしょうか。

「願い」自体に、「大事で」「難しくて」「叶いづらい」という要素が既に含まれてます。
そんな「願い」が消えたらどうなるでしょうか。


残るのは、叶う、叶ってるって事だけです。

願いだけを大事に、これだけは幻では無い、と認定してしまうのもまた自分です。
どこまでも巧妙にもぐりこんできますw

260 :幸せな名無しさん:2014/08/07(木) 23:37:52 ID:1Wm23QRw0

>>253 自我幻さん こんばんは

一周回って戻って来る円のようなものって
どこかの達人さんの言葉で見たことがあったけど、真の意味で理解出来た気がするんです。

何を幻で、何を真実にするか。
それは自分で決めることですよね。

自分は理想通りの彼女と一緒に幸せに満ち溢れた日々を送っている。
そう決めてしまえばきっとそうなんです。
結果だけ決めて、今受け取る。
自分はその時点で理想通りの彼女と一緒に
幸せに満ち溢れた日々を送っている自分になっているんですから。

今さっき気付いたとこなので、正直理想通りの女性なんているか?
現れるか? どうやって?いつ?とまあ現象化はよ!!みたいな声ばかりが聞こえるのですが、
そうやって外に答えを委ねるから今までもループして来たんだし、
必ず現実はついてくるものだと思うので(ここはまだ半信半疑)このスタンスで行こうかなと。

不足感はあります。
でもその分、どう現実が動くのが楽しみでもあります。

まあ、半ば諦め掛けで辿り着いた結論なので現象化に対しての期待は半々なんですけどね。笑

ていうか半7章領域的な認識なのかな?
メソッドいらないじゃんこれ。笑
気付くためのものなのに叶えるものだと勘違いしてたような気が...
それに現象化も、全て既にあるならなにも叶ってるのに
叶えようとしたら叶えようとする現実が出て来るのも必然ですよね。

あるのはわかったよ。でもどうしてもちょっと現象化を求めてしまう。

なんだろうこの半端さ、あと一押しな気がするのでちょっと助けてくれたら嬉しいです。
よろしくお願いします。


262 :自我幻マン:2014/08/08(金) 00:08:11 ID:uozNqiS.0

>>260
楽しみですねw僕もそれに尽きます。
7章ってチケットですよね。あれはあっさりしていてとても良いですね。
僕のは、あれをねちっこーく説明してみようって感じです。
現象化だって求めればいいんですよ。別に求めようが求めまいが誰にも怒られませんw
確信は、実践の中で得ていけばいいと思います。僕の最初は半信半疑でした。

261 :幸せな名無しさん:2014/08/07(木) 23:40:46 ID:F3mwhAeo0

私が幻なら、受け入れることも受け入れる対照もなくなるわ…


262 :自我幻マン:2014/08/08(金) 00:08:11 ID:uozNqiS.0

>>261
面白いですよね、どこまでもどこまでも自分が無限に顔を出します。
それこそ、どうしようもなくて笑っちゃうくらいにw

263 :幸せな名無しさん:2014/08/08(金) 00:35:37 ID:Jh9G9cxc0

>>262
自分を幻だと気付くにはどうすれば良いですか?


304 :自我幻マン:2014/08/08(金) 19:47:45 ID:2dJeqaq.0

>>263
どうすれば、という自分の動きを一旦止めてしまうといいと思います。
今この瞬間にも、疑問を抱き、方法を求める「自分」が必ず居ますよ。

264 :幸せな名無しさん:2014/08/08(金) 00:57:06 ID:3../VOWg0

>>262
>「願い」自体に、「大事で」「難しくて」「叶いづらい」という要素が既に含まれてます。
>そんな「願い」が消えたらどうなるでしょうか。
>残るのは、叶う、叶ってるって事だけです。

願いが幻であり消えるのならば、叶うも叶ってるも幻であり消えるのではないでしょうか。
なんでそこ(叶う)は残るのでしょうか。。(そろそろ申し訳なくて泣きたい。)

でもなんか私的に最終局面な感じもします。
叶うが残るとするならば、やはり初めに既にあるという認識、
願望=実現という認識があるのではないでしょうか。
そのうえであとはすべて幻と。
そうでないと叶ってるも幻となって消えてしまうと思うのです。

38にもどってしまうのですが、
まず既にあるという認識があるうえで、
あとは「ない」と判断してる自分も感情も思考も状況も幻であるとするならば、
幻が消えても「ある」が残るんだろうなと思いました。

なんとなく「I AM」に通じる話でしたのでとても興味をもちいろいろ質問させていただきました。

もし可能でしたら、願うも叶うもすべて幻であるのに叶うは消えずに残るのかを教えていただきたいです。
よろしくお願いいたします。


305 :自我幻マン:2014/08/08(金) 19:48:18 ID:2dJeqaq.0

>>264
では、元も子も無いような話ですが・・・
そもそも「叶う」と思う事も、「叶ってる」と思う事にも、
また「叶った」と思う事にもその主語にやっぱり「自分」が居るからです。
願う自分、叶うと思う自分、叶ってると思う自分。
どこまで行っても、それを判断するあなたが居ます。

確かに、その自分が消えれば、認識する対象も無くなる訳です。

例えば、寝ている時なんか分かりやすいです。
願いも、叶うも、全部寝ている間は消えてます。
自我が無い状態で、認識する存在が居ないので、そこには何もありません。
寝ている間は、「ある」も「ない」も認識できません。

では、起きている時はどうでしょうか。
そこには、認識のみの世界が広がってます。
自分ありきでしか存在しえない、認識だけの世界です。

何が可能で、何が不可能か。何が良くて、何が悪いのか。
どう行動して、何を答えとして、どこに向かっていくのか。
そして、何を願望とし、何をもって叶ったとするのか。

ここでは、自分という認識によって、全てがあり得ます。
どんな認識にも、「自分」が100%くっついています。
その全てがあり得る世界の中で、自分という窓を作って、
自分という範囲の中から「願い」や「叶う」も認識しています。

そんな風に、起きている間は、自分という認識の窓があるからこそ、
寝ている時とは違い、「ある」も「ない」も認識出来ます。
まあ、自分が居るおかげで世界を認識出来ると同時に、
そんな自分が居るからこそ、「ない」を見て苦しんでいたんですけどね。

そんな認識のみの世界の中で、
「これはただ、私が認識しているから成り立っている世界なんだな」
と気づく事が、自我は幻だという僕の話。
その中で、この認識そのものが、ただ存在しているだけと気づいたなら・・・

認識のみの世界の中で、認識する存在(自分)が消える訳です。
つまり、全てがあり得る世界で、その一部を見るための、自分という窓が消えるって事。

実際には、自分は消える訳じゃないですけどね。消えたら何も認識出来ないですから。
まあ、自分が存在しながら、その自身の制限を勝手に決める必要は無いと気づく訳です。

で、遅くなりましたが、幻と気づいた後で「叶う」が何故残るのかという話ですw

それは自分という制限が無くなった「自分」が、
全てが「ある」事に気づいたなら、あえて「ない」を認識しようと思わないってだけの事です。
要は「自分」にとって、一番都合の良い世界を認識しだすって事。
あったりなかったりより、全てあるの方が良いですもんね?

『最初から全てがある』『元々最善だ』何てよく聞きますが、
それだと主語が無い為、誤解を招きやすいと思ってます。

「ある」も「ない」も認識出来る世界の中で、ちゃっかり「自分」に
一番都合の良い認識(叶うが残る、「ある」だけが残る)を選ぶようになるってだけの事。


だから、人によってその「自分」が気づいたの後の感想や感覚も違うんです。
さっきの言葉も「私にとって、最初から全てがある」「私にとって元々最善だ」って感じ。



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